January 30th 数学と言語~寝れないので書く~

(Twitter(現𝕏)、自分は公には「去った」扱いではあるが、あれはSNSに虚無感を覚えたが故の引退であり、実は動向自体は遠くから観察している。)

数日前はTL上で、「命題『ある正の整数nに対しn(n+1)は奇数』の真偽を問う問題に対する解答で、『2×3=6だから偽!』という誤答が少なくないこと」に触れたツイートに対し、ある(元?)高専生が

「これ普通に正しくない?」

と引用した件が、およそ7000いいねがつく程度に話題となった。(ここでは概要を述べるに留まる)

一応、「高専から数学科に行ったという立場」から述べさせてもらうと、確かに高専とかいうクソ学校は「数学が強い」という面をしておきながら実際は数学が強いとは言えない側面があり、数学の議論に疎い人がいることは想像にかたくない(偏見マシマシ)。しかし彼は例えば、存在の否定が全称など論理学の事実は既知としているらしく、それは寄せられた指摘に対する返答でも伺える。つまり彼は数学の議論ができる程度の能力は持っており、従ってこの問題の本質は数学的なものではなくあくまで日本語の問題であることがわかる。

数学と日本語の関係について、数学に日本語は合うと主張する輩をかつてTwitter現役時代に見た覚えがある。なので今から述べるのはあくまで私見ではあるが、私は「数学には日本語より英語の方がいい」と感じている。

その理由として(不可分で相互に関わりあっているのだが)、例えば「文章構造」および「数学の本流」があげられる。文章構造の面では日本語は結論を後回しにしがちであるが、英語は言いたいことを先に持ってきてくれる分、修飾詞のつかない数学の文章との相性がよい。また、そもそも現代数学和算とは違い西洋に端を発するために、無理な翻訳の入っていない英語だと単語の原義を捉えやすくなるためである。

もちろん今述べたものは冒頭の問題に関係してない。今述べた日本語<英語の不等式は数学書や論文の話であり、それに対して今回の問題はある一命題にまつわるものだからである。しかし、日本語に拘泥する姿勢もいささか問題があると感じている。そこで冒頭の問題に戻るが、論理的に本質と向き合うなら∃や∀、∈などを用いた「数学語」だろう。一命題を取り扱うだけなら日本語や英語よりもユニバーサルな表現であり、かつ自然言語でない分内包される多義性もないため扱いやすい。これほど素晴らしい表現他にあろうか。

最後に、これを以てより一般化した命題「数学は最強の言語だ」と数年前Twitterで述べたところ、「Brainf**kだろ」と返されてしまった。ああ素晴らしきクソ学校情報システムコース